2006-12-27 Wed
ユニフォーム姿三四郎は長男である。
母を数年前に亡くした。父とは別居しているが、最近おおきな病気
にかかってしまい、ユニフォーム姿三四郎の自宅に連れてきて療養
している。最近、再発したので入院になってしまった。
父は金銭的に自立しているので、普段の生活においても、病気での
入院費なども全て父自身が支払っている。誰の世話にもなっていない
と考えて当然だろう。
毎日、見舞いに行く。何か、喜ぶものをお土産にもっていこうと
いつも考える。退院したら、喜ぶものを料理して、食べてもらって
いる。外食でも、父の好きなものに付き合う。病院への通院には
かならず付き添い、数時間を待合で過ごし、お医者さんとの面談
にも立ち会う。
何度か仕事を変えているが、その際は、いっしょに過ごせる時間が
確保できるかを考える。病気になった場合や、介護が必要になった
時のこともふまえて仕事を選び、結婚相手も選んだ。
正月・春休み・夏休みには孫に合わせるために、8時間かけて実家に
戻る。連休にも戻る。元気なうちは、別居でも構わないと話し合って
そうしてきた。寂しいだろうと思うが、同居しても血圧が上がると話す
ので、甘えてきた。
そんな父が「死んでしまうかも知れない」と思うようになった。再発を
繰り返す肺炎。途切れる脈拍計を見ていると泣きそうになる。
父は、ユニフォーム姿三四郎のことを「優しい」と親戚に話しているらしい。
優しいから、そうしているのでは無いよ。普段、別居していて、責任を
感じているからです。
そんな風に悪意なく思う父だけれど、数年前に亡くなった母の「ある思い」
は父には伝わっていないようで、「優しい」という言葉で、長男だから負って
いる制約を消化してしまおうとしている。
10人兄弟の真ん中へんで、長男を経験していない父。息子から見て、
道理やバランス感覚は他の老人よりも優れているように思えるが、
口の悪かった母が冗談で「虫のような人」「死神」と喩えた父は、年を
経てもどこか冷たく息子には感じるのであった。
父と母の晩年は、しっくりしたものでは無かった。
車で移動する際、脳梗塞の後遺症などと、もともと足の悪い母を固い
後部座席に座らせた。父がいつも助手席に座った。アスパラの柔らかい
ところだけ食べつくされて、母が本気で怒っていた。
母の思いは、「つれあい」では無く、息子に引き継がれるものなのかも
知れない。母の思いをないがしろにする父。無念でならない。
「優しい」のでは無い。長男の責任というものが存在する。
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☆☆☆☆ ユニフォーム姿三四郎が紹介されています ☆☆☆☆
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母を数年前に亡くした。父とは別居しているが、最近おおきな病気
にかかってしまい、ユニフォーム姿三四郎の自宅に連れてきて療養
している。最近、再発したので入院になってしまった。
父は金銭的に自立しているので、普段の生活においても、病気での
入院費なども全て父自身が支払っている。誰の世話にもなっていない
と考えて当然だろう。
毎日、見舞いに行く。何か、喜ぶものをお土産にもっていこうと
いつも考える。退院したら、喜ぶものを料理して、食べてもらって
いる。外食でも、父の好きなものに付き合う。病院への通院には
かならず付き添い、数時間を待合で過ごし、お医者さんとの面談
にも立ち会う。
何度か仕事を変えているが、その際は、いっしょに過ごせる時間が
確保できるかを考える。病気になった場合や、介護が必要になった
時のこともふまえて仕事を選び、結婚相手も選んだ。
正月・春休み・夏休みには孫に合わせるために、8時間かけて実家に
戻る。連休にも戻る。元気なうちは、別居でも構わないと話し合って
そうしてきた。寂しいだろうと思うが、同居しても血圧が上がると話す
ので、甘えてきた。
そんな父が「死んでしまうかも知れない」と思うようになった。再発を
繰り返す肺炎。途切れる脈拍計を見ていると泣きそうになる。
父は、ユニフォーム姿三四郎のことを「優しい」と親戚に話しているらしい。
優しいから、そうしているのでは無いよ。普段、別居していて、責任を
感じているからです。
そんな風に悪意なく思う父だけれど、数年前に亡くなった母の「ある思い」
は父には伝わっていないようで、「優しい」という言葉で、長男だから負って
いる制約を消化してしまおうとしている。
10人兄弟の真ん中へんで、長男を経験していない父。息子から見て、
道理やバランス感覚は他の老人よりも優れているように思えるが、
口の悪かった母が冗談で「虫のような人」「死神」と喩えた父は、年を
経てもどこか冷たく息子には感じるのであった。
父と母の晩年は、しっくりしたものでは無かった。
車で移動する際、脳梗塞の後遺症などと、もともと足の悪い母を固い
後部座席に座らせた。父がいつも助手席に座った。アスパラの柔らかい
ところだけ食べつくされて、母が本気で怒っていた。
母の思いは、「つれあい」では無く、息子に引き継がれるものなのかも
知れない。母の思いをないがしろにする父。無念でならない。
「優しい」のでは無い。長男の責任というものが存在する。
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2006-12-27 Wed
ユニフォーム姿三四郎が森鴎外に共感するものは、あきらめ・・・
というか、やはり「金持ち喧嘩せず」の精神だろうか。
ことに最近mixiなどというものに参加していると、得体の知れない
相手とのコミュニケーションに無駄な時間を費やすことが多い。
共通するであろう趣味や娯楽の話題で集まるコミュで、匿名の者
から無礼な批判や中傷を受けることも少なくない。
共感できる話題を交わす相手を、誰しも欲するものであり、
アナログ世界とは飛躍的に、そんな出会いのチャンスが
生まれるのがmixiなどのコミュニケーション形態だと思う。
夢は広がるはずであったが、批判や中傷にあっていても
、傍観者ばかりでイジメの構図と同じ。そんな、不毛な
機会を自ら進んで探すことも無い。
意見が違えば
・ケンカ売っているヤツがいるな
・反対意見を言うことの何がいけないの
・お前は誰だ
とか・・・。これでは、「寄せ書き」のような会話になるのは必定。
見るのも、書くのも時間の無駄である。
という訳で、読書が一番。表題の森鴎外「妄想」の一節。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そしてその代りに哲学や文学の書物を買ふことにした。
それを時間の得られる限り読んだのである。
只その読み方が、初めハルトマンを読んだ時のやうに、
饑(う)ゑて食を貪(むさぼ)るやうな読み方ではなくなつた。
昔(むかし)世にもてはやされてゐた人、今(いま)世に
もてはやされてゐる人は、どんな事を言つてゐるかと、
譬(たと)へば道を行く人の顔を辻に立つて冷澹(れいたん)
に見るやうに見たのである。
冷澹には見てゐたが、自分は辻に立つてゐて、
度々帽を脱いだ。昔の人にも今の人にも、敬意を表すべき人が
大勢あつたのである。
帽は脱いだが、辻を離れてどの人かの跡に附いて行かう
とは思はなかつた。多くの師には逢つたが、一人の主(しゆ)
には逢はなかつたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アナログ世界にも尊敬できる方にたくさん出会ったが、深く
意見を聴くチャンスは少ない。文学ならずとも、ブログやmixi
で、「敬意を表すべき人」が現れることを、今でもどこかで期待
してはいるのだが、それよりも、これまで出会った「敬意を表す
べき人」たちに会いに行きたいと思うようになった。
読書と訪問(招かざる客かも知れない)が人生で最も有意義な
時間ではないかと、ユニフォーム三四郎は思うのであった。
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☆☆☆☆ ユニフォーム姿三四郎が紹介されています ☆☆☆☆
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というか、やはり「金持ち喧嘩せず」の精神だろうか。
ことに最近mixiなどというものに参加していると、得体の知れない
相手とのコミュニケーションに無駄な時間を費やすことが多い。
共通するであろう趣味や娯楽の話題で集まるコミュで、匿名の者
から無礼な批判や中傷を受けることも少なくない。
共感できる話題を交わす相手を、誰しも欲するものであり、
アナログ世界とは飛躍的に、そんな出会いのチャンスが
生まれるのがmixiなどのコミュニケーション形態だと思う。
夢は広がるはずであったが、批判や中傷にあっていても
、傍観者ばかりでイジメの構図と同じ。そんな、不毛な
機会を自ら進んで探すことも無い。
意見が違えば
・ケンカ売っているヤツがいるな
・反対意見を言うことの何がいけないの
・お前は誰だ
とか・・・。これでは、「寄せ書き」のような会話になるのは必定。
見るのも、書くのも時間の無駄である。
という訳で、読書が一番。表題の森鴎外「妄想」の一節。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そしてその代りに哲学や文学の書物を買ふことにした。
それを時間の得られる限り読んだのである。
只その読み方が、初めハルトマンを読んだ時のやうに、
饑(う)ゑて食を貪(むさぼ)るやうな読み方ではなくなつた。
昔(むかし)世にもてはやされてゐた人、今(いま)世に
もてはやされてゐる人は、どんな事を言つてゐるかと、
譬(たと)へば道を行く人の顔を辻に立つて冷澹(れいたん)
に見るやうに見たのである。
冷澹には見てゐたが、自分は辻に立つてゐて、
度々帽を脱いだ。昔の人にも今の人にも、敬意を表すべき人が
大勢あつたのである。
帽は脱いだが、辻を離れてどの人かの跡に附いて行かう
とは思はなかつた。多くの師には逢つたが、一人の主(しゆ)
には逢はなかつたのである。
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アナログ世界にも尊敬できる方にたくさん出会ったが、深く
意見を聴くチャンスは少ない。文学ならずとも、ブログやmixi
で、「敬意を表すべき人」が現れることを、今でもどこかで期待
してはいるのだが、それよりも、これまで出会った「敬意を表す
べき人」たちに会いに行きたいと思うようになった。
読書と訪問(招かざる客かも知れない)が人生で最も有意義な
時間ではないかと、ユニフォーム三四郎は思うのであった。
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