NEW ENTRIES
COMMENTS

司馬遼太郎「最後の将軍」あとがきを読んで
    「何も選ばない」生き方のすすめ

ユニフォーム姿三四郎の好きな徳川慶喜公(生誕1837年10月28日)
は明治の終わりまで島津家の当主に会わなかった。

しかし、明治の末期、徳川家達さんが無理に?宮中で
当時の当主である島津忠重氏(生誕1886年10月20日)
と面接させたらしい。

この当時の様子を島津忠重さんが著書「炉辺南国記」
に書き残している。忠重さんにとっては、苦々しい
体験であったはずであるのに、よくぞ書き残して
くださった。

司馬遼太郎さんは、まだ元気だったはずの慶喜が口数
少なかったことを、明示的にコメントされているので、
この静かなエピソードの衝撃を伝えたかったのだと
思います。

googleで「島津忠重 慶喜 対面」と検索しても
ページが見当たらないので、ユニフォーム姿三四郎
がブログに書き起してみました。


(以下は引用)

慶喜の印象は、割合に小柄の人物で、私が面接した
当時すでに老齢であって、あまり元気なく、ほとんど
口もきかぬ温厚な人物のように見受けられた。そして、
家達から、「これが島津忠義の実子で忠重といい、
現在島津家の当主です。」と紹があったのに対し、

  「ああ、そうですか」

と、簡単な返事しか聞かれなかった。が、私を見入
ってのかっての十五代将軍の目は曇って来たかのよう
にも感ぜられ、言葉少ないだけに、感慨無量という
風に私の目には写った。

その際、私自身もその場の空気にのまれ、口をきく
ことを渋った。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
☆☆☆                     ☆☆☆
☆☆☆ ユニフォーム姿三四郎が紹介されています ☆☆☆
☆☆☆                     ☆☆☆
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆








| ユニフォーム姿三四郎 | 12:11 | comments (x) | trackback (x) | ユニフォーム姿三四郎の幸せ::読書 |
このページの先頭へ
CALENDAR
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
<<前月 2020/02 次月>>
ARCHIVES
LOGIN
現在のモード: ゲストモード
USER ID:
PASS:
POWERED BY
POWERED BY
ぶろぐん
SKIN BY
ゲットネット...¥
OTHERS


このページの先頭へ