2009-06-25 Thu
「何も選ばない」生き方のすすめ
『おんな二代の記』山川菊栄 著 を読み始めた。
明治維新の頃の話が豊富なので、面白いのだが、
自尊心が高い方のようで、実名入りで、自分が
通った学校の先生を悪く言っていたりして、
『名ごりの夢―蘭医桂川家に生れて』今泉 みね 著
に比べたら、かなり読みづらい。
面白い話は多く、江戸の薩摩藩邸に西郷隆盛の
部下が集まっていたいた頃は、町中の犬と猫が
いなくなった・・・らしい。おそらく、食用に
していたのだが、西南戦争に入っていく過程で、
西郷さんの部下が藩邸からいなくなると、町に
犬と猫が見られるようになったという。
そういえば、戦時中に技師として海外に渡って
いた祖父が、赤犬を食べたらしく、「赤犬なら
美味しい」と言っていたらしいのを祖母から聞いた
ことがある。この話を聞いた頃、既に祖父は
亡くなっており、その家に日本刀や十手があった
のだが、「誰かを斬っていたら怖い」と祖母が
古道具屋を読んで、売ってしまった。
「まぁまぁ、の刀だったらしい」とお金に
変わって喜んでいたことを覚えている。
話が飛んでしまったが、今でも上野御徒町の
「中国東北料理 小虎(ことら)」では、裏メニュー
として、狗肉料理が提供されているらしい。
これは、犬(イヌ)の肉、おそらくチャウチャウ
らしいのだが、可愛らしい犬なので、気の毒な
感じがする。
東北の貧しい地域では、飢饉の時に人間の
赤ちゃんを食べていたらしいので、そういう
人を先祖に持つ方も、間違い無く存在するので
ある。。何かの本で読んだのだが、食べたことを
「絶対に他人に言うな」と口止めされたらしいので、
生涯、後ろめたい気持ちでいたらしい。
(これは、世界的に珍しく無く、おフランス
でも、大英帝国でも貧しい時代には、しかた
なかったようだ。)
http://www.netpro.ne.jp/~takumi-m/book/106-kikin.htm
民芸品の「こけし」は「子消し」であって、
あの先の丸さと、長さを考えると、疑う余地は
無いだろう。
ご先祖様は、大変な時代を生き延びて、我々に
命を繋いでくれている。いろいろと、悩みも
多いが、今の時代は間違い無く「幸せ」であることを
歴史を辿ると実感できるものである。
以下は引用。
日本の犬肉料理「えのころ飯」
1 :世界@名無史さん[sage]:2008/01/02(水) 12:35:14 0
>えのころ飯(えのころめし)とは薩摩地方で食べられていたと言う料理。
>内臓を抜いた仔イヌの腹に米を詰めて焼いたあと、米飯を取り出し食べる、
>というもので、薩摩藩主も食べていた
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%88%E3%81%AE%E3%81%93%E3%82%8D%E9%A3%AF
193 :梵阿弥[sage]:2008/02/02(土) 18:07:30 0
「えのころ」は「犬ころ」ですよね
247 :世界@名無史さん[]:2008/04/08(火) 19:08:38 0
現代の東京でも上野などには普通に犬肉が出てくるみたいだぞ
http://maromaro.com/archive/2007/10/02/kuniku.php
40 :仙台藩百姓:2007/10/13(土) 19:52:52 ID:POMyhXmr
素晴らしい薩摩文化シリーズ
【ひえもん】
薩摩の代表的胃腸薬。
戦死した者や刑死した者の胆嚢を取り出して陰干したもの。
材料が人間であるだけで他地域の「熊の胆」と同様なものである。
病人の治療や健康保全の為に服用された。
薩摩では人の胆が好まれ、近代に入っても戊辰戦争や西南戦争で胆取りが行われた話しが残る。
41 :仙台藩百姓:2007/10/13(土) 20:21:36 ID:POMyhXmr
素晴らしい薩摩文化シリーズ
【ひえもんとり】
薩摩の代表的娯楽競技。
死刑囚の死体から胆嚢を数人で争って取り出す競技。
参加者は互いを殺傷しないよう刃物の所持を禁じられている。
先を争っては死体に群がり胆嚢などを取り出すのだが
参加者は刃物を所持していないため歯を使う。
死体にかぶりつき死肉を食い破り傷口から手を突っ込み胆を取り出す。
そして胆を取り出した者が栄誉とされる。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
☆☆☆ ☆☆☆
☆☆☆ ユニフォーム姿三四郎が紹介されています ☆☆☆
☆☆☆ ☆☆☆
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『おんな二代の記』山川菊栄 著 を読み始めた。
明治維新の頃の話が豊富なので、面白いのだが、
自尊心が高い方のようで、実名入りで、自分が
通った学校の先生を悪く言っていたりして、
『名ごりの夢―蘭医桂川家に生れて』今泉 みね 著
に比べたら、かなり読みづらい。
面白い話は多く、江戸の薩摩藩邸に西郷隆盛の
部下が集まっていたいた頃は、町中の犬と猫が
いなくなった・・・らしい。おそらく、食用に
していたのだが、西南戦争に入っていく過程で、
西郷さんの部下が藩邸からいなくなると、町に
犬と猫が見られるようになったという。
そういえば、戦時中に技師として海外に渡って
いた祖父が、赤犬を食べたらしく、「赤犬なら
美味しい」と言っていたらしいのを祖母から聞いた
ことがある。この話を聞いた頃、既に祖父は
亡くなっており、その家に日本刀や十手があった
のだが、「誰かを斬っていたら怖い」と祖母が
古道具屋を読んで、売ってしまった。
「まぁまぁ、の刀だったらしい」とお金に
変わって喜んでいたことを覚えている。
話が飛んでしまったが、今でも上野御徒町の
「中国東北料理 小虎(ことら)」では、裏メニュー
として、狗肉料理が提供されているらしい。
これは、犬(イヌ)の肉、おそらくチャウチャウ
らしいのだが、可愛らしい犬なので、気の毒な
感じがする。
東北の貧しい地域では、飢饉の時に人間の
赤ちゃんを食べていたらしいので、そういう
人を先祖に持つ方も、間違い無く存在するので
ある。。何かの本で読んだのだが、食べたことを
「絶対に他人に言うな」と口止めされたらしいので、
生涯、後ろめたい気持ちでいたらしい。
(これは、世界的に珍しく無く、おフランス
でも、大英帝国でも貧しい時代には、しかた
なかったようだ。)
http://www.netpro.ne.jp/~takumi-m/book/106-kikin.htm
民芸品の「こけし」は「子消し」であって、
あの先の丸さと、長さを考えると、疑う余地は
無いだろう。
ご先祖様は、大変な時代を生き延びて、我々に
命を繋いでくれている。いろいろと、悩みも
多いが、今の時代は間違い無く「幸せ」であることを
歴史を辿ると実感できるものである。
以下は引用。
日本の犬肉料理「えのころ飯」
1 :世界@名無史さん[sage]:2008/01/02(水) 12:35:14 0
>えのころ飯(えのころめし)とは薩摩地方で食べられていたと言う料理。
>内臓を抜いた仔イヌの腹に米を詰めて焼いたあと、米飯を取り出し食べる、
>というもので、薩摩藩主も食べていた
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%88%E3%81%AE%E3%81%93%E3%82%8D%E9%A3%AF
193 :梵阿弥[sage]:2008/02/02(土) 18:07:30 0
「えのころ」は「犬ころ」ですよね
247 :世界@名無史さん[]:2008/04/08(火) 19:08:38 0
現代の東京でも上野などには普通に犬肉が出てくるみたいだぞ
http://maromaro.com/archive/2007/10/02/kuniku.php
40 :仙台藩百姓:2007/10/13(土) 19:52:52 ID:POMyhXmr
素晴らしい薩摩文化シリーズ
【ひえもん】
薩摩の代表的胃腸薬。
戦死した者や刑死した者の胆嚢を取り出して陰干したもの。
材料が人間であるだけで他地域の「熊の胆」と同様なものである。
病人の治療や健康保全の為に服用された。
薩摩では人の胆が好まれ、近代に入っても戊辰戦争や西南戦争で胆取りが行われた話しが残る。
41 :仙台藩百姓:2007/10/13(土) 20:21:36 ID:POMyhXmr
素晴らしい薩摩文化シリーズ
【ひえもんとり】
薩摩の代表的娯楽競技。
死刑囚の死体から胆嚢を数人で争って取り出す競技。
参加者は互いを殺傷しないよう刃物の所持を禁じられている。
先を争っては死体に群がり胆嚢などを取り出すのだが
参加者は刃物を所持していないため歯を使う。
死体にかぶりつき死肉を食い破り傷口から手を突っ込み胆を取り出す。
そして胆を取り出した者が栄誉とされる。
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